ミュージカル「おもひでぽろぽろ」感想

わらび座ミュージカル「おもひでぽろぽろ」初日公演を観てきたので感想。
後半、物語のネタバレを若干含むので映画版を未視聴の方は注意。

まず主要キャストが全員素晴らしい。
なんと言っても主役、朝海ひかるの存在感。舞台に立つだけで、さすが宝塚の元トップ女優と思わせる華やかさがあった。自分は宝塚時代を知らないけれど、昨年のエリザベートと今回のタエ子を観て彼女のファンになりそうである。
同じく元宝塚女優の杜けあきも、序盤と中盤以降の見事な2役で特にばっちゃは難しい役なのに完璧に演じ分けていた。
トシオ役の三重野葵は、田舎の好青年として見事なハマリ役。そして歌がとても上手い。
一番注目したいのは、小学校5年のタエ子を演じた石丸椎菜。年は高校生くらいか。やんちゃでワガママで、けれど大人になったタエ子と対峙するときは純粋で繊細。そんな難しくて重要な役を上手く演じていた。

見所は終盤、タエ子がばっちゃから山形に残ることを勧められた後、雨乞いのお祭りの中で一人悩むシーン。
物語中のお祭りというのは、物語の展開や人間関係の進展のきっかけとしてよく使われる。それはお祭りという非日常性、その場の喧噪と離れた場所(もしくは終了後)の静寂の対比、といった要素のドラマチックさからなのか。あるいはあの祭り囃子の音が日本人としての心を呼び起こすからなのか。いずれにせよ、お祭りというのは重要なイベントである。
思い悩んだタエ子を世界から置いてきたかのように盛大に行われる舞踊。
わらび座のミュージカルは以前にも観たことがあるが、この劇団は伝統芸能を作風に取り入れた作品が多く、太鼓や笛とそれに合わせた民族舞踊が非常に上手い。太鼓の音が鳴り響いた瞬間に、客席全体が一気に舞台へと引き込まれる。
そんなわらび座の十八番である迫力の祭り囃子が、その中に一人取り残されるタエ子の孤独感や焦燥感をより一層引き立たせ、まさにクライマックスというべき場面。非常に盛り上がる。

このミュージカル版「おもひでぽろぽろ」は、基本的には映画版に忠実なストーリーになっているが、所々で舞台化ならではの変更点が見られる。
東北の自然の様子が、目には見えない森の精などの登場によりややファンタジー・メルヘンな表現となっており、より自然の雄大さが感じられた。これは同じジブリ作品の「となりのトトロ」や「もののけ姫」を彷彿とさせる。
また映画版では書かれることのなかった、トシオの農業に対する情熱と葛藤、ばっちゃの過去を描くことで、より登場人物に深みを持たせている。
映画版ではやや衝動的な決断にも見えるラストシーンだったが、ミュージカル版では小学校5年の自分との和解という形をとっている。過去の自分と手を繋ぎ一緒に未来へ歩き出すという、このミュージカルのテーマに沿った幕の引き方は、映画版とはまた違った綺麗な締め方であったように思う。

東日本大震災から一ヶ月。主演の朝海ひかる杜けあきは二人とも宮城県出身という。そしてわらび座も秋田に本拠地を構える劇団である。
宮城出身の二人が主演で、東北のふるさとを題材とした舞台。きっと役者の方々も強い思いを持って舞台に臨んでいたことだろう。
原作が「おもひでぽろぽろ」なのだから当然ではあるが、このミュージカルにはブロードウェイのような派手さは無い。派手さは無いがそのぶん役者一人一人の力強さを感じる舞台だった。

ミュージカル おもひでぽろぽろ | 劇団わらび座